iM@S LIGHT -Borderless War-    第2話「開戦」 「……もうっ、年頃の女性に対するマナーがなってないです!」  PJの対面に座る“自称年頃の女性”──────十ニ、三歳の少女が“年頃”かどうかは大いに議論の余地があるだろう──────が、ぷんぷんと怒りながら言う。  ここは彼女、コールサイン・サイファーが所属するハミルトン基地の食堂である。  先ほどの戦いを終え、デブリーフィングを済ませたPJとサイファーは、まず食事を摂ることにした。  一緒に食事をしようと言い出したのはサイファーの側なのだが、席に着くなり彼女はサラダをつつきながらひたすら怒っている。 「いや、悪かったっすよ。幾らなんでも、パイロットがこんな子どもだとは」  思わなかったんで、と続けようとして、本人に睨まれたので口を閉ざす。  背伸びしたい盛りの少女に対して、子どもという言葉は禁句だと理解したPJだった。 「でも、本当に驚いた。人は見かけによらないとは言うけど」  PJは、先の戦いの様子を思い出す。  サイファーが瞬く間に三機の敵を撃墜したその様を。  味方であった自分が身震いするほど、その機動には迷いも躊躇いもなかった。  きっとマシンのような冷酷な女だろうと思っていたら、その実態が『これ』だったわけである。 「……それって、褒めてます?」 「褒めてるんすよ」  じとっとした目でPJを見ていたサイファーは、納得がいかない様子ながらも、ひとまず話題を変えた。 「えっと、自己紹介まだでしたよね」 「自己……ああ、“個人的な”紹介か」  PJはまだサイファーの本名を知らない。  自分も、まだ名乗った記憶はない。 「私、音無小鳥です。あなたは?」 「俺は、まんま“PJ”。ちなみに、パトリック=ジェームズの略」 「パトリックさん」  ふうん、と首を傾げる小鳥。 「パット君?」 「……フレンドリーな愛称、どうも」  年下の少女に君付けで呼ばれるとは思ってもみなかったPJだった。 「私のことも、名前で呼んでもらって構いませんから」 「じゃあ、小鳥ちゃ」  ぎんっ、と空気が裂けるかと思うほどの勢いで睨まれた。  身の危険を感じ、言葉を選び直す。 「……小鳥さん」 「はいっ!」  途端、手のひらを返したように上機嫌になる。 (俺のことは君付けなのに……)  こっそり溜息をつきながらも、内心ほっとしているところもあった。  サイファーは、殺人機械などではなく、怒りもすれば笑いもする人間だったのだと。 「それで、小鳥さん。さっきの連中、なんだったんすかね」  さっきの連中、とは、もちろん六機の敵部隊のことだ。  航空機ならともかく、ハードユニットを運用していたとなると、そこらの海賊ということはありえない。 「んー……妥当な線なら、やっぱりガルトかアスガルドの部隊じゃないですか?」 「やっぱりそうなるよな……」  IFF(敵味方識別装置)には、ボギー(所属不明)としか表示されなかった連中だ。  地球政府が所有するハードユニットには全て識別番号が振られているので、その所属ということはありえない。  そもそも、ハードユニットはまだ実戦投入前(この時代に“実戦”は存在していないが)の兵器だ。  運用できるとすれば、地球政府か、技術が流出したと噂される一部ファクトリーくらいのものだろう。 「私たち傭兵だって、途中で降りることは許されない契約でやってるわけですし」 「ああ、やっぱり小鳥さんも傭兵なんですか」 「そうですよ? まさか正規兵だと思いました?」  いや、とPJは首を振った。  名目上、ハードユニットはまだ兵器としては認められていない。  なので、PJたちは形の上では『作業用人型マシン』のテストを行っているということになっている。  当然、その“作業”にはビームガンの射撃まで含まれるわけだが。  そういうこともあって、テストパイロットは割と幅広いタイプの人間が集まっている。  正規の軍人もいれば、PJのような若い新人もいる。  PJは、自分よりもっと若い傭兵がいることを聞いてはいたが、それがまさか十代も前半の少女だとは思いもしなかった。 「なんでも、意図的に多種多様な人間を集めてるんだそうです。上から下まで、ハードユニットの適性を見るために」 「ふうん」  PJは研究者ではないので、機体に関する詳しいことまでは分からない。  しかし、そうしたテストの仕方が、グレーゾーン……いや、はっきり違法に踏み込んでいるだろうことは十分に理解できた。  いかにハードユニットが名目上作業機械で、傭兵たちはただの“善意の協力者”であるとは言っても、その実態は兵器のテストパイロット以外の何者でもない。  まして、こんな少女を実戦に駆り出すなど。 「そういや、小鳥さんよく実戦に出ようなんて思いましたね」  ふとした疑問を思い出して、直接ぶつけてみる。  PJも、この仕事を請けた時点で覚悟していたとはいえ、本物の戦場に出ることは胃が痛くなるような緊張を強いられたのだ。 「まあ、隊長もいてくれましたし」  小鳥はこともなげに答えた。 「隊長、ハートブレイクワン?」 「ええ。私の場合は、普段からあの人が付いててくれましたから」  小鳥が語るところによると、彼は元戦闘機乗りの軍人で、今はこの基地のハードユニットテストパイロットのまとめ役をしているらしい。  ジャック=バートレット大尉。  それがハートブレイクワンの名前なのだそうだ。 「あの人はすごいですよ。マルスの特性をどんどん引き出していってますから」  バートレットのことを語る小鳥は、どことなく嬉しそうで、絶対の信頼を置いていることが分かる。  もっとも、それがただの信頼によるものだけと思うほど、PJは鈍い男ではなかった。 (ああいう人が好みなんだな)  ちょっと斜に構えた皮肉屋というのがPJのバートレットに対する感想だが、それでいて面倒見がいいことも認めざるをえない。  多感な年齢の少女には、大人の魅力溢れた男に映るのも、理解できなくはなかった。 「つまり、俺みたいのはそもそも男として見られてないわけだ……」 「はい?」  PJの呟きに、小鳥はきょとんと首を傾げる。  いや別に、と苦笑いしてから、PJは話題をすり替えた。 「大尉の機動も鋭かったけど、小鳥さんも相当だった。どこでそんな技術を?」  なにせ、ほんの一瞬ではあるが、彼女は元々軍人なのではないかと疑ったほどである。  とても素人の技術とは思えない。  が、 「私、半年前に初めて乗りましたけど?」  何の含みもない小鳥の言葉に、PJは愕然とする。  つまり、スタートラインはPJと変わらないのだ。 「これが……才能の差なのか……」 「?」  頭を抱えるPJを、小鳥は不思議そうに見つめていた。 「よう」  そんな二人の様子に構うことなく、割り込んできた男がいた。 「隊長!」  小鳥がぱっと顔を輝かせる。  PJも椅子に座ったまま、隣に立つバートレットの顔を眺めた。  精悍な顔立ち。  美形ではないが、余裕を感じさせる表情は、見ている者に安心感を与える。  印象だけではなく、その腕前も頼れる男だ。  別に張り合うわけではないが、小鳥の反応の差で、微妙に悔しい思いをするPJだった。 「ヒヨコ、今日のはなかなかいい動きだった。初めての実戦にしては、悪くねぇ」 「はい、ありがとうございます」 「だがな」  褒められてにこにこしている小鳥に、一転バートレットは声のトーンを落とした。 「俺を頼れって言ったろうが! なんで一人で対処しようとした!」  そう言って、小鳥の頭に拳骨を落とした。 「どこのことを言ってるか、分かってるだろうな?」 「……後ろに二機、付かれたときのことです」 「そうだ。あんな状況は作らないのが第一。第二に仲間に助けてもらう。お前みたいに自分の技術一本で何とかするなんてのは、最後の最後に取っておくものなんだよ」 「ごめんなさい……」  しゅん、と落ち込む小鳥。  それを見たバートレットは、厳しかった表情を少し崩した。 「ま、あんな状況で生き残れたことは褒めてやる。よくやった」  そう言って、少女の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。  小鳥はそれに嫌そうな顔ひとつせず、照れたように「ありがとうございます……」と小さく呟いた。  バートレットが小鳥の気持ちに気付いているかはともかく、どうやら面倒見がいいのは本当のようだ。  しかし、PJが気になったのはそこではなく。 「ヒヨコ、って何すか」  バートレットが小鳥に呼びかけたときに、彼は「ヒヨコ」と呼んだ。  新米だからだろうか、とPJは思ったが、 「ああ、こいつの名前、“コトリ”ってのはな、こいつらの民族の言葉でヒヨコって意味らしいんだよ」 「ち、違います! 小鳥はヒヨコのことじゃなくて……!」  小鳥がぴーぴーと喚いているが、バートレットは全く聞いていない。 「だからこいつのニックネームはヒヨコだ。分かったか、お調子者」 「お調子者って……ひょっとしてそれ、俺のニックネームじゃないでしょうね!?」 「他に誰がいる?」  PJは身体中の力が抜けるのを感じた。  どうやらこの皮肉屋大尉に、部下の意向を聞く気はないらしい。 「で、お調子者。お前に転属命令だ」 「転属だって?」 「おう。今日からお前はうちの部隊で預かることになった」  つまり、PJは臨時編成であったガルムの三番機に、正式に配属されることになったらしい。  それはつまり、実戦に出せる人員を集中させたということであり、戦闘が先のものだけで済む可能性は低いということである。 「この先、どうなるんすかね」 「さあな」  バートレットは素っ気なく答える。 「戦争になるんじゃねえか」  場に沈黙が降りる。  軍事的衝突の可能性は、長らく示唆されてきた。  それほど、地球政府の態度は頑なであり、ガルトやアスガルドにとっては死活問題となることなのだ。  ガルト、アスガルドの両ファクトリーは、良質な天然資源は採掘できるが、自活能力に乏しい。  それは、資源と引き換えに食料などを輸入しなければ成立しない経済状況ということを意味する。  なまじ資源を活かした強大な工業力を持つため、余計地球政府に警戒心を抱かせてしまっていたというのもある。  一方的な譲歩を迫られ、窮地に陥ったガルト・アスガルドが、決死の反撃に移る可能性は、十分にある。  否、それは当たり前の反応と言ってもいい。  各ファクトリーは、それぞれが独立したひとつの国のようなものだと考えている。  対して、地球政府にとってのファクトリーとは、せいぜい高度な自治区程度の認識でしかない。  意見を述べ、管理運営する権利はあっても、地球政府に反抗する権利などそもそも認めていないのだ。 「……始めから、勝負になんてならない。地球とファクトリーじゃ、国力が違いすぎる」  現状、全人口の三分の二が宇宙の各ファクトリーで暮らしていると言われている。  しかし、逆に言えば、残る三分の一の人口は地球に集中しているのだ。  事が地球対宇宙という構図ならばともかく、それぞれのファクトリー同士の足並みが揃っているわけではない。  連携を欠いた状態で地球と戦えば、各個撃破されてしまうのは目に見えている。  それが多くの人間の意見なのだが、 「そうとも限らねえな」  バートレットは、何か含むものがあるように言った。 「どういうことです?」 「地球とファクトリーじゃ、国力が違う。本当にそうか?」  何かを言いたげなバートレットの様子を見て、PJは考え込む。  そもそも国力とは何か。  平時であればそれはただ豊かさを指す言葉であるかもしれない。  しかし、戦争について考える場合、それは少し違った意味合いを持つ。 「……戦線維持能力」  呟いた言葉に、バートレットはにやりと笑った。 「地球の強みってのは、その巨大な人口と、圧倒的な生産力……そして、人類発祥の地としてのプライドだ」  地球に暮らす人間にとって、宇宙に住む人間は、例えるなら出稼ぎで地元を離れた人間のようなものだ。  地球という土地で暮らしていくことができず、宇宙という未知の世界に足を踏み入れなければならなかった、はぐれ者や貧乏人というイメージが今でも根強い。  その実、宇宙からの“仕送り”がなければ暮らしていけないのが、地球という星の実態なのだが。 「そうだ……もし宇宙を全て敵に回したら、地球はどうやって戦力を維持するんだ?」  それは、ファクトリー生まれのPJにとっても、思いつかなかった仮定である。  ファクトリーは地球に資源を送るために建造された、採掘プラントがその根幹だ。  なので、ファクトリーが地球に資源を送る、その見返りに食糧などを得るという構図は、当たり前になっているのだ。  もし、その図式が崩れたら。 「えっと、ファクトリーから資源がなくなれば、地球は援助を打ち切りますよね?」  PJの思考を遮るように……しかし、まさにPJが考えていた疑問を、小鳥が口にする。 「兵器を作るための資源はなくても人は死にませんけど、食糧がなくなったら死んでしまいます。だから、ファクトリーは地球に従うしかなかったんじゃないんですか?」  そう、それこそが、地球が高圧的な態度を取り続ける最大の理由なのだ。  ファクトリーの食糧自給率は、極めて低い。  農業生産プラントがあるにはあるが、全てのファクトリーを合わせても、全人口の三分の二を食べさせるには程遠い食糧しか確保できない。  結果、ファクトリーは地球に強く反発できない状態が作り上げられている。  腹が減っては戦はできぬというとおり、どれだけ強力な兵器を持っていても、それを操る人間が飢えては何にもならないのだ。 「普通はそうだ。地球に見放されたら、致命的な関係の断絶を生んだら、それでファクトリーは終わりだ。普通ならな」  普通なら、と強調して語るバートレットに、PJは嫌な予感がしてきた。  もし、ガルトやアスガルドが普通ではないことを考えていたら。 「簡単なことだろ。兵器があって、食糧がない。そんな状況だったら、何を考える?」  PJと小鳥の思考が、バートレットの考えていることに追いついた。 「もしかして……」 「略奪する気だっていうのか!?」  言葉を荒げるPJを、バートレットは甘い、と一言で切り捨てた。 「どうしてそんな海賊みてえな真似をする必要がある。力があるなら、滅ぼせばいいだろう」  今度こそ、二人は絶句した。  地球政府を滅ぼす。  確かに、大元である政府を潰せば、今のような不平等な関係は是正できるだろう。  ファクトリー主導で、新たな政府を立ち上げれば、その関係は逆転することになるかもしれない。  しかし、 「無理だ……地球がファクトリーを滅ぼすほうが早い」  つまり、同じことは地球の側からも言えるのだ。  今ある兵器が尽きるまでに、ファクトリーを滅ぼすことができれば、地球政府はより従順な資源供給を受けることができるようになる。  あるいは、それすらも政府は既に考慮に入れた上で高圧的な態度に出ているのかもしれない。  それは、地球という惑星に本拠を置く政府の、絶大な自信の表れと言えるだろう。 「ま、普通はそう思う。まともに地球とやりあって、勝てるファクトリーなんぞありゃしねえ」  再び、バートレットは普通という言葉を強調した。  つまり、彼は今まさに起ころうとしている戦争に、普通ではない何かを感じ取っているのだ。 「とはいえ、俺たちにできることに変わりはないがな。そういうことはお偉いさん方に任せておくさ」  そう言ってバートレットは言葉を締めくくり、黙々とランチを食べ始めた。  PJは考える。  もしも。  もしも、地球を相手にして有利に事を進めることができるような切り札が、敵にあったなら。  彼らは、戦争に踏み切ることに躊躇はしないのではないか、と。  出撃命令が発せられたのは、その日の深夜のことだった。  PJはシャワーを浴びてベッドに潜り込む直前であったし、小鳥に至っては睡眠中に叩き起こされる羽目になったので、大層機嫌が悪い。 「もうっ、睡眠不足は美容の天敵なのに……!」  緊急の呼び出しのため、ろくに身なりを整えることもできず、パジャマの上にパーカーを羽織ってやってきた小鳥は、PJの隣でぶつぶつ文句を言い続けている。  俺も寝るところだったんだけどなあと思いつつそれを聞き流していると、遅れてバートレットが現れた。 「よう。おねむのところ悪いが、お客さんだ。歓迎の準備をするぞ」 「隊長は元気ですね……」  一日に二度目の出撃であることに加え、就寝前にスクランブルという、まだ子どもの小鳥や若いPJにはうんざりするような状況でも、バートレットは平気な顔をしていた。  年季の差か、それとも軍人とそうでない者の差か。  どちらにせよ、こういうとき隊長がしっかり締めてくれるのは、新人にとってありがたいことだった。 「所属不明機が基地に接近中だ。こっちの呼びかけにも応答がない」 「こちらに対する攻撃の意図があると?」 「それは分からん。だが目的が分からん以上、のんびり見過ごしてやることはできんな」  つまり、相手の目的は基地の制圧かもしれないということだ。  レーダーからの情報によると、所属不明機は恐らくHUだということだった。推定、前回と同じ勢力と考えられる。  最新鋭の兵器であるHUを保有しているとなると、相手はいずれかのファクトリーか、それに準ずるものであり、ただの宇宙海賊などということはありえないだろう。  そうした勢力が、基地を攻撃するかもしれない。  それはつまり、戦争になるかもしれないという可能性とイコールだった。 (くそ、胃が痛くなってくるな)  宇宙に移住し始めて以降、人類は未だ戦争らしい戦争は経験したことがない。  それは平和だったということではなく、ただ地球という圧倒的な力を持つものが宇宙に追い出された者たちから搾取し続けていたというだけのことであり、憎しみと戦力を蓄えるための時間でしかなかったのかもしれない。  そもそも、人類が宇宙へとその住処を移したのは、資源採掘のためではなかったか。そしてその資源が一体何に使われたか。  何のことはない。それこそまさに、HUに代表される、宇宙時代の兵器を生産しただけのことだ。  人類の業は、宇宙へ飛び出した程度では消えないらしい。  もっとも、そうした戦争の“抑止力”がこの時代に存在しないわけではないのだが──────。 「あちらの戦力について詳しいことは分からねえ。相も変わらず、現場での柔軟な対応が求められるってわけだ」  敵がどの程度の戦力を送り込んできているのか、不明なまま交戦するというのは極めて危険なことだ。  こちらはわずか三機のHUが出せる戦力の全てであり、もしこれが撃破されるようなことがあれば、ハミルトン基地は諸手を上げて降伏するしかない。  嫌が応にも、彼らにかかる期待と負担は大きくなる。 「味方の増援は期待できないんすか?」 「今はまだ無理だ。お偉いさん方の判断待ってたら、基地がなくなっちまわぁ」  やるしかないか、とPJは溜息をつく。  対照的に、小鳥は平然とその話を聞いていた。まるで、敵が来るなら倒せばいいじゃないかと言わんばかりの表情だった。  どうやら、戦争というものに対する漠然とした不安はともかく、眼前の脅威に対しては徹底的に冷徹に対処できるのが音無小鳥という人物らしい。 「やることは変わらん。未確認対象に接近し、出方を見る。場合によっては撃墜も辞さん」  最初の出撃と同じだ。同じことを同じようにやれ。  それがバートレットの求めることであり、PJらを無闇に緊張させないための、彼なりの配慮らしい。  最終的な確認を済ませると、三人は各々の機体に乗り込み、基地を出撃していった。  最初の出撃と違ったのは、敵はHU兵器のみで編成されていたわけではないという点である。  そしてその一点の違いによって、ガルム小隊は劣勢に追い込まれていた。 「何が所属不明機だよ! 駆逐艦まで出してくるなんて、どう考えたってどっかのファクトリーの部隊じゃないか!」 『その“どっか”が分からねえから所属不明なんだろ』  PJの罵声を、バートレットはさらりと受け流す。  敵の攻撃を受けつつ退避する最中の会話としては、随分滑稽なものだった。  しかし、実のところ彼らにそれほど余裕があったわけではない。敵が繰り出してきた駆逐艦『フェンリル』は、対艦戦闘ではなく戦闘機などを迎撃するために建造された艦である。  当然、その砲火は極めて厚く、たかだか三機のHUが対処するには無理がある。おまけに、またも数機のマルスがその護衛についている。  かくしてガルム小隊は、接近することすら叶わず、逃げに徹している。 「まずい……このままじゃ基地に逃げ込むしかなくなる!」 『そういうわけにはいかねぇ。ハミルトン基地は元々やわな通信基地だ。こいつらを通したら、あっという間に制圧されちまう』  PJもそれは分かっている。しかし、分かっているからこそ、焦っているのだ。 「何か……何か打開策は……!」  必死に頭を巡らそうとするが、駆逐艦からの砲火がそれを妨げる。  このままでは敵が基地に到達してしまう。もしそうなれば、ろくに防備も固めていないハミルトン基地は、敵に蹂躙されてしまうだろう。  座して待つわけにはいかない。それは、バートレットや小鳥も同じ気持ちだった。 『仕方ねえ……ちょっくら気合入れるとするか。おい、ヒヨコ』 『はい、隊長』 『俺とお調子者が囮になる。その隙を突いて、駆逐艦をやれ』』  PJは、思わず何を言ってるんだと口にしかけた。  ただでさえ少ない戦力を分けて、しかも重要な役割を小鳥に任せる? 「隊長、俺は……」 『お前の言いたいことは分かる。だが、他に方法がねえ』  そう言われては、PJも口をつぐむしかない。  それに、小鳥のポジションは、お互いがうまくやれば、最も安全だ。  敵の集中砲火を浴びることになるのは、囮役のバートレットとPJなのだから。 「サイファー!」 『はい』 「あんたに任せる。頼む!」 『はい、頑張ります』  気負いのない、無邪気な声。  いいのか、とPJは自問する。  本当に、あの子にやらせていいのか。  昼間のことを思い出す。  唇を尖らせて拗ねている表情。  バートレットのことを語るときの、憧れに満ちた表情。  戦争のことを語るときの、静かな、でもどこか苦しげな表情。  子どもだ。  あのときの音無小鳥は、確かに、ただの子どもだった。  彼女に、人を殺させるのか。 『よーし散開だ。俺のケツにちゃんと着いてこい!』  バートレットの声に、はっと我に返る。  慌てて彼に合わせ機体を旋回させると、さっきまでいた場所を無数の砲撃が薙ぎ払った。  バートレットは機体を暗礁地帯に潜り込ませる。PJもそれに続くと、猛烈だった敵の砲火が少し弱まった。 「艦船はこんなとこに入ってこられないからな……ここにいれば、とりあえず安全ってわけだ」 『アホかお前は』  PJの呟きに、バートレットが呆れたように言う。 『引き籠ってたら連中は基地に向かうだけだぞ? それに、注意を引きつけなきゃヒヨコが不意打ちできねえだろうが』 「あ、そうか」  よく見回せば、既に小鳥は姿を消している。  敵はまとめて暗礁地帯に逃げ込んだと思っているだろうから、小鳥が別行動を取っているとは考えていないはずだ。 「それに気付かれないように、上手く敵を誘い込む、か……」  敵にやられるわけにもいかないし、かといって無視されるわけにもいかない。  適度に相手の索敵に引っかかるよう動く必要があるのだ。 「意外と難しいぞ……」 『深く考えるな。敵も馬鹿じゃない、必死に逃げ回るくらいでちょうどいいさ』  その言葉を裏付けるかのように、二人が隠れていた一帯に猛烈な火力が集中する。  家ほどの大きさもある岩礁が一瞬で爆砕し、二人は慌てて陰から飛び出す。 「こりゃあっ……小鳥さんの心配してる場合じゃないか!」  逃げるPJの背を追う駆逐艦の火力は、マルスのビームガンのそれとは比較にならない。  もしも捉まれば最後、痛みを感じる間もなく蒸発する羽目になるだろう。  改めて実戦の空気に冷や汗をかきつつ、PJは角度を利用して砲撃を振り切る。 『馬鹿野郎っ!! PJ、ブレイク(旋回)しろ!』  バートレットの罵声。  言われるまま訳も分からず機体を急旋回させるが、突然機体の右脚が爆発した。 「な、何だ!?」  PJは駆逐艦の攻撃に注意する余り、敵にマルスがいることを失念していた。  駆逐艦の砲撃によって、既に回り込んでいたマルスの前に追い出されてしまったのである。 「クソ!」  必死に機体のバランスを取り戻そうとするものの、回転を始めた機体は簡単には止まらない。  隕石に衝突し、息が詰まるような衝撃がPJを襲う。 「……っ!!」  痛みを強引に無視して、モニターに目を配る。  僅かな距離から、敵のマルスがこちらを見ている。 「クソ、動け、動け!!」  がむしゃらに操縦桿を動かし、敵から逃れようとするが、ビームガンの照準は冷酷にコクピットを狙っている。  死ぬ。  どこか冷静な頭で、PJはそんなことを思った。  死にたくないと叫びたくなる一方で、戦いになればこんなものかと妙に達観している自分がいた。  そうだ、これが戦場だ。  その掟に従い、PJは────── 『ぼさっとするな!』  横からバートレットの機体が体当たりするように、PJの機体を突きとばす。  突然の乱入者に、敵は思わずバートレットを狙い撃った。  ビームガンは、バートレット機の頭部を吹き飛ばす。 「隊長!」 『ちっ……』  センサーの類が根こそぎやられ、バートレットは視界を塞がれる。  機体の随所にあるサブセンサーで状況の把握を試みるが、これも上手く作動しない。 『駄目だな、モニターは全滅だ。悪ぃが、脱出する』  視界が利かないまま、見事に姿勢を立て直すと、バートレットはコクピットの収まったコア部を機体からイジェクトさせた。 「まずい……!」  バートレットは手早く脱出を成功させたものの、危機は脱していない。  見える範囲にマルスが三機、そしてフェンリルの機銃がこちらを向く。 「う、おおおおお!!」  何とかこれを追い払おうとビームガンを乱射するが、敵のマルスは冷静に小惑星を盾にし、それをかわす。  万事休す。  PJが抵抗を諦めかけた、そのとき──────  フェンリルの艦橋が、爆発を起こす。  PJと敵のマルスが、驚きそちらを見ると、そこには白兵用ブレードを艦橋に突き立てている小鳥の機体があった。 『ごめんなさい。遅くなりました』  申し訳なさそうな、小鳥の声。  単独で敵艦を撃沈したパイロットが謝る必要などないのだが、それはどうやら小鳥の心からの謝罪であるようだった。  慌てふためく敵を、小鳥は見逃しはしない。  ビームガンを構えると、即座に二機を撃ち貫く。 「やっぱり……すげぇ……」  戦場だというのに、溜息が洩れる。  小鳥の戦闘技術は、もはや腕利きなどというレベルでは済まされない。  これが僅か半年の訓練によって培われたものならば、確実に小鳥は天才と評される才能の持ち主だった。  残った一機が、必死に転身し、逃走に移る。  小鳥は冷静にその背に向け、ビームガンを放とうとする、が。 『ガルム、撤退だ! 直ちに撤退し、基地へ帰還しろ!!』  それは泡を食ったような基地のオペレーターの声によって中断された。 「撤退? 一体何があったんだ」 『宣戦布告だ! ガルトとアスガルドが、地球政府に対し宣戦を布告した!!』 「なんだって!?」  PJや小鳥も、息を飲んだ。  恐れていた事態が、現実のものになった。彼らは、本当に戦争を始めるつもりなのだ。 『そこにも敵の援軍が向かっている。一刻一秒を争う事態だ!』 『こちらサイファー。一番機が撃墜され、脱出中。救助の時間をください』 『駄目だ、時間がない!』 『見捨てろって言うんですか!』  戦闘中は冷静な小鳥も、尊敬する隊長を捨てて逃げろなどと命令されては落ち着いていられない。  だが、PJもまた機体を損傷し、単独での基地までの帰還は難しい状態だ。この上、脱出したバートレット機のコア部を捜索し、それを保護しつつ帰還するのは、かなり厳しい。  PJは、躊躇いがちに言った。 「サイファー……ここは戻ろう。俺たちだけじゃ、隊長までは手が回らない」 『でも!』 「俺だって……悔しいよ! 隊長は俺を庇って撃墜されたのに……!」  憤り、そして不甲斐無さを感じているのは、PJも同じだった。  しかし、今ここでバートレットを捜索し、敵に見つかってしまえば、それは全滅を意味する。  もしバートレットがこの場に居合わせたとしても、撤退を命令しただろう。 『……分かりました。帰投します』 「あの人のことだ、例え捕虜になったって、生き延びてみせるさ」  PJは自分に言い聞かせるように呟く。  ここにやってくる敵が、バートレットを捕捉するとは限らない。そして、捕虜の取り扱いに人道的であるという保証も、ない。  それでも彼には祈ることしかできなかった。  二人は歯がみしつつ、基地への帰路を急ぐのだった。    第3話に続く